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三英傑ゆかりの町

名古屋は古くから城下町として栄えました。しかし、名古屋が歴史の舞台で輝いたのは何といっても戦国時代以降でしょう。戦国時代の三英傑といえば、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人ですが、名古屋はなんとこの三人それぞれと関係の深い町なのです。愛知県は戦国時代には尾張の国と呼ばれていました。織田信長はこの尾張国の武将である織田信秀の子として生まれ、幼少時に那古野城(なごやじょう)の城主となりました。この那古野城は現在の名古屋市中区に位置していました。ですから、織田信長は名古屋市中区生まれと言う事ができるでしょう。ちなみに名古屋はかつて、この城の名前の「那古野」と綴ったようです。織田信長の生誕から数年後には、豊臣秀吉が尾張国愛知郡中村(現在の名古屋市中村区)で、百姓の息子として生まれています。後に那古野城に程近い清須城(現在の愛知県清須市)にて信長に仕官し、頭角を現していったのです。後に徳川の時代になると、家康の九男の徳川義直を藩主として尾張藩が立てられました。この尾張藩は徳川御三家(尾張藩、紀州藩、水戸藩)の一つで、徳川家康の実子を初代藩主とし、徳川を名乗ることの出来る特別な家柄でした。そして、この尾張藩のために家康の名によって那古野城跡地に「名古屋城」が建てられたのです。後に徳川家康もこの城に上洛の際に立ち寄っています。こうして名古屋は徳川御三家の城下町として、江戸・大阪・今日に次ぐほどの発展を見てきたのです。明治に行われた廃藩置県の際に、尾張藩は名古屋県となり、商業・工業の両面で大きな発展を遂げ、政令指定都市ともなり、日本の三大都市圏の一つである中京圏を形成するにいたっています。ランドマークである名古屋城の存在からも分かるように、名古屋は戦国時代・江戸時代からの繁栄を見ている、歴史ある町なのです。

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